ドメーヌ・シルヴィ・スピールマン

私はなぜワインが好きなのか、それはやはり時として感動を与えてくれるからだと思っています。

それは決して高価な、複雑な味わいのワインに限るわけでもありません。そしてその感動は人と共有できる時もあれば、あくまで個人で、自分だから、それもその時の自分だから感じることもあると思います。

 

以前は日本に輸入されていましたが今は入ってきていないドメーヌのため、私は今回のこの訪問をとても楽しみにしていました。

このドメーヌの所有するグラン・クリュ・カンツェルベルグの畑には水晶の一種とされるfleuorineという石が混ざっていると聞き、そのような特徴的な土壌のワインの味を知りたかったわけです。

 

玄関で迎えてくれたのは現在ドメーヌを切り盛りされているシルヴィさん。「シルヴィ・スピールマンです。」とあまりにこやかとは言えない、ちょっと強面の表情と、肝っ玉母さんの気配いっぱいのその大柄な体格。

こちらが緊張しているからなおのこと大きく見えただけかもしれませんが、そんなわけで少しドキドキしながらテイスティングルームに着席してスタートしたわけです。アルザスの蔵元はとにかくラインナップが多い所が多いので(なんせ品種ごとに、そして畑ごとに分かれ、かつ辛口と甘口で分かれるからです。)瞬く間にテーブルの上はボトルがずらりと並びます。

今回は辛口のものを試飲させて頂きましたが、全体的にとてもハードボイルドな、そしてとても優しいワイン。

なかでもグラン・クリュ・カンツェルベルグ・リースリングの味わいは、

レイモンド・チャンドラーの小説に登場する、探偵フィリップ・マーロウの有名なセリフ、「タフでなくては生きていけない、優しくなければ生きる資格が無い。」をふと思い出すような、鋼の如き強さと、しかしそれを支える素朴な優しさを感じるワインでした。

ただ、そういうととても男性的なようかもしれませんが、そういうわけでもないのです。そこはやはり女性が造るからでしょうか。

 

試飲が進むにつれて、いろいろとお話をお伺いするにつれて、マダムの表情もだんだん和やかに。この日の通訳兼ドライバーさんが同伴された自身のお子さん、まだ1歳のアルザシエンヌ(アルザスのお嬢さん)が場を和ませてくれたのもあるかもしれません。「あなたは古いヴィンテージのアルザス・ワインを飲んだことはある?」と、写真のワインを持ってきてくれました。「もう開けてから一週間くらい経つけどまだ大丈夫だと思うわ。」

とまず最初はブラインドで。「何年くらいだと思う?」

しかしアルザスワインの古いヴィンテージなんて、飲む機会もまずないですから解らないですよー!ともあれ、「なんといっても蔵元にあるものだし、酸のしっかりとしたアルザスワインだし、実際の年齢?より若く感じるはず。。」とは思いながら恐る恐る「。。。98年??」しかしなんとそのワインは85年のミュスカだったのです。「アルザスワインは長くもつのよ。」とマダムは笑いながら、次に試飲させてくださったのは83年のグラン・クリュ・カンツェルベルグのゲヴェルツトラミネール。その強さ、厳しさ、しかしそれは人を寄せ付けないものではなく、そして優しさ、その上で重ねた年月による深さは、今まで出会ったことのない味わいでした。それは誰かにとっては父親かもしれず、誰かにとっては母親かもしれず、ともあれ私にとってはそういったワインでした。

 

ドメーヌを去る頃にはすっかり笑顔のマダムに手を振りながら、

必ずまたこのドメーヌを訪れようと心に誓ったのでした。


だって日本に入っていないんですもの。

買いに行かなくては。

そしてマダムに会いに行かなくては。